夏川草介さんの「本を守ろうとする猫の話」を読みました。奥の深い話でした。
少しだけ紹介させていただきます。
■猫(トラネコのトラ)の言葉
世の中には理屈の通らぬことや、理不尽なことが山のようにある。そんな苦痛に満ちた世界を生きていく上での最良の武器は、理屈でも腕力でもない。
ユーモアである。
<略>
理不尽に満ちた世界を生きていく上での最良の武器は、理屈でも腕力でもない。ユーモアだ。
関西は笑いや!ですね。嫌なことがいっぱいある世の中で、笑い飛ばす。めっちゃ大事に思います。この猫の言葉は、すごく大事ですよね。
■祖父が俊に言った言葉
たくさんの本を読むことはよい。けれども勘違いしてはいけないことがある。本には大きな力がある。けれどもそれは、あくまで本の力であって、お前の力ではない。
ただがむしゃらに本を読めば、その分だけ見える世界が広がるわけではない。どれほど多くの知識を詰め込んでも、お前が自分の頭で考え、自分の足で歩かなければ、すべては空虚な借り物でしかないのだよ。
本がお前の代わりに人生を歩んでくれるわけではない。自分の足で歩くことを忘れた本読みは、古びた知識で膨らんだ百科事典のようなものだ。誰かが開いてくれなければ何の役にも立たない骨董品に過ぎない。
お前はただの物知りになりたいのか!
読むのはよい。けれども読み終えたら、次は歩き出す時間だ。
本ばかり読んでもダメなんやで~。とお爺さんは孫に言うセリフが多いです。そんな中で、グサッとくる言葉です。
■解説にかえて~猫が教えてくれたこと~ 夏川草介
本書の中でも述べたように本には「力」があることを知っている。それも、時代を越えて読み継がれてきた傑作と呼ばれる作品たちには、単純な言葉では表現できない特別な力がある。知識や娯楽としての楽しさはもちろん読書の楽しみのひとつではあるが、そういった即物的なものに収まらない不思議な力を、読書はもたらしてくれる。 本書は、そういう私の本への思いから生まれた作品である。
<略>
本から多くの大切な事柄を、私は教わってきた。
優しさとはなにか。
価値とは何か。
正義とはなにか。
生きるとはいかなる在り方か。
どれも、くだらない問いだと一笑に付されるかもしれない。
そんなものが何の役に立つのかと呆れる人もあるかもしれない。
たしかにこういった事柄に対してどれほど考察を深めても、出世の役には立たないし、月給の上昇にもつながらない。勤務医の労働環境を改善してくれるわけではないし、患者の高血圧が治るわけでもない。けれども間違いなく大切な問題である。なぜなら、これらは人間の本性にかかわるものであり、人と人とが互いを理解するために、どうしても向き合わなければならない問いだからである。
今という時代は、まことに変化が激しい。
移り変わりはあまりにも急激で、十年前の常識が通じないのが現代である。私が医学部に入ったことには、医師の呼び出しはポケットベルであったし、テレビはブラウン管であり、新幹線は金沢どころか長野にも開通していなかった。
こういった急速な変化は、利便性という点で日常の生活に次々と革命を起こしてきたかもしれないが、同時に多くの喪失をもたらしてきたように思う。劇的な変化は、すなわち基準の崩壊でもあるからだ。
数年前の常識が、現在の非常識であるという環境において、何が正しくて何が正しくないかということを明確に答えることは容易でない。まして時代は、自由と個性の掛け声のもとに、多様化ばかりが賞賛され、ときには、異常であること、奇抜であることが優れていることであるかのような風潮さえ見られる。
そういった変化の利点も無論あるだろうが、しかし多様性ばかりが称揚されていては、人と人とがわかりあうことはますます困難になるのではないだろうか。皆が、「それぞれの正義」と「それぞれの価値」を掲げて生きて行けば、人は互いを理解し、信頼することができなくなる。無数の正義と価値の乱立は、苛立ちと敵意と衝突に満ちた世界を現出するに違いない。衝突ばかりが繰り返されれば、人はついには無気力になり、理解を断念してしまうかもしれない。
<略>
かかる時代に何が必要か、と自己に問いかけたとき、私の胸の内に灯ったかすかな光が、「本」であった。
激しい変化と際限のない多様性に満たされた時代の中で、しかし時を越えて変わらず受け継がれたきた名作と言われる作品たちがある。
今とは常識も生活背景も異なる、はるか過去に書かれた作品が、今も読み継がれているのはなぜか。それはその本の中に、どれほど変化しても、変わっていないもの、変わってはいけないものが書かれているからである。人間の本性にかかわる大切な事柄が記されているのである。
夏川さんの医師を続けながら、執筆活動を続ける原動力はこれなんだと強く思いました。本当に素晴らしい本だと思います。
興味を持たれた方は、是非この本を手にしていただければと思います。
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