栗山英樹さんの「栗山ノート2~世界一への軌跡~」を読みました。感動した言葉がたくさんありましたので、少しだけ紹介したいと思います。
■小善は大悪に似たり。大善は非情に似たり
沈思黙考しているうちに、京セラの創始者にして日本航空の再建に尽力した稲盛和夫さんの「善は大悪に似たり。大善は非情に似たり」の言葉が、頭のなかで輪郭を帯びていきました。
稲盛さんのいう人間関係の基本は、孔子の説いた「忠恕」の心にあると考えます。「良心的で思いやりや愛情のある接しかた」を心掛けたいものですが、盲目的な愛情ではいけないのでしょう。
会社でも、学校でも、家庭でも、厳しい態度で接しなければならない場面もあります。部下や同僚、同級生や下級生、あるいは子供たちに、「それは間違っているよ」と指摘するのは、言う側の自分も神経をすり減らします。それによって、一時的でも関係がぎすぎすしてしまうかもしれない。できることなら波風を立てずに収めたいところですが、相手に迎合することは結果的に相手のためになりません。自分時にも自分たちが属する組織にも、マイナスに働いてしまいます。
相手にとって何が正しいのかを真剣に見極めて、必要なら厳しく接する。表面的な愛情は相手のためにならず、非常に徹することが成長につながると、稲盛さんは教えてくれました。
侍ジャパンの監督になった私は、「選手に嫌われることができれば、成功の可能性がある」と考えました。
間違った行動をおこした相手に、間違っているというのは、本当にしんどい作業です。言えば、根に持たれますし、よくわかります。
それでも、言わないと周りの空気がもっと悪くなりますよね。
■益はなくとも意味はある
本来と異なるポジションでチームに貢献してくれた中野や岡本は、中国春秋時代の宰相・晏子による「益はなくとも意味はある」の言葉を想起させてくれました。
これって、意味があるんですか?
それって、例の得があるんですか?
自分の都合の悪いことや面倒なことが目の前にあると、私たちはこんなふうに昡たくなります。いつもとは違う仕事や役割を託されると、「自分がやることじゃないのに」とか「どうせうまくいかないんだから、時間の無駄じゃないの」などと、否定的な思考に傾きます。
けれど、「とにかくやってみる」というスタンスで、どうしたらうまくいくのかを考えて、具体的に準備をして、実際に行動してみる。一度目はうまくいかなかったので、やり方を変えてみてもう一度やってみる。たとえうまくいかなかったとしても、そうやってアクションを起こしたあなたは、大きな一歩を踏み出したことになります。
やってみなはれ!ですよね。頭ごなしに「ダメ!」と言われると、本当につらいですよね。そのような上司になりたいものです。
■諸君、狂いたまえ
江戸時代の思想家であり教育者の吉田松陰の有名な言葉に「諸君、狂いたまえ」というものがあります。
第三者には到底及ばないほどの情熱で行動を起こす人間は愛すべき存在で、理屈のみで行動しなくなることがいけない。情熱を持って行動せよ、と松陰は言います。
何か思い切った行動を起こすかどうか迷うとき、私たちは心にまとわりつくしがらみをなかなか振りほどけません。そのうちに常識とか付き合い、損得勘定などが迫ってきて、「いつもどおり」、「これまでどおり」の行動になりがちです。
いつも変わらないことを「自分らしさ」に置き換えてしまうと、現状維持から抜け出せません。枠に収まった生きかたは安定や安心つながるかもしれませんが、ワクワクとした気持ちからは遠いでしょう。
一度きりの人生を悔いなく生きていくためには、狂うほど何かに没頭すべきなのかもしれません。チャレンジする人がいなくなることを、松陰は危惧していたのでしょうか。
今の若者に言いたいです。良い子になろうとして、失敗を恐れているように思います。もっと失敗したらいいのに!って思っちゃいます。
もっと、紹介したいのですが、この辺で終わります。
最期に栗山さんが「人生は捨てたものではありません。私はいつもあなたの人生を本気で応援しています。」という言葉を抱きしめながら
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